実を言うと私は子供の頃は受け口で、成長期に取り外し式の装置で矯正治療を受けたのですが、一般的な矯正治療のイメージである「ブラケット」の治療を受けたことはありませんでした。

矯正歯科医を目指して九州大学の歯科矯正学講座に入局した際に、

「これからブラケットを使って患者さんを治療させて頂くことになるけれど、自分はブラケットをつけたことがないから、説明の際のリアリティに欠けるし、ブラケットをつけた患者さんの気持ちをきちんと理解することができないかもなぁ」と思い、実際に装着してみることにしました。

とはいえまとまったお金もないし、患者さん用のブラケットを勝手に使うわけにはいかないしで困っていたところ、先輩がご厚意で使用予定のないサンプルのブラケットを譲って下さったので、同期とお互いにマルチブラケット装置を装着してみました。

 

感想は「歯、痛い!食事、大変!歯磨き、大変!…結果、患者さんって本当に大変!そして尊敬する!」

ものすごーーーく頭の悪そうな文章ですが(笑)、当時の自分の率直な感想です。

治療計画をきちんと立てたわけではなかったので数日間の期間限定ブラケットでしたが、本当に大変でした。

最初の2~3日は食事で咬む度に歯の根っこに響いて痛い、それを過ぎても装置が唇に当たって痛む時は痛む。

麺は装置の上に横たわるし、米は装置の隙間に縦にはまり込むし、ニラやホウレン草などの食物繊維の多い野菜は確実に引っかかる。

食後は歯磨き必須だけど、装置が複雑で磨きにくく、時間がかかる。

これを短い方で1年程度、長い方だと3年以上も続けるわけです。

もうね、アラフォーがいきなりチャラい言い方しますけど、「患者さんマジ尊敬」です、本当に(当時は20代だったのでご容赦ください)。

 

当時の体験と、これまでさせて頂いた治療を通じて思うのが、今回のタイトル「矯正治療の主役は患者さんご本人です」ということなんです。

 

少し難しい話をしますと、矯正治療は「歯を動かす」治療ですが、実際に起こっている現象は「骨の吸収と造成」です。

歯の根っこは歯槽骨という骨の中に埋まっています。

歯と骨を、電球とソケットや刀と鞘でイメージして頂ければ分かりやすいでしょうか?

歯に矯正力を加えると、まず歯(電球)と骨(ソケット)の間にわずかに存在する隙間の分だけ動きます。

そして歯と歯槽骨が近づいた面では骨が溶け(吸収)、離れた面では骨が新しく造られて(造成)、じりじりと動いていきます。

このようにして少しずつ歯並びを整えていくのが矯正治療のメカニズムです(もっと詳しい説明はまた後日にでも)。

 

この「骨の吸収と造成」、起こる際に炎症を伴います。そのために「矯正治療は痛い」と言えます。

この「骨の吸収と造成」、落ち着くのに3~4週間かかります。そのために「矯正治療は時間がかかる」と言えます。

この「骨の吸収と造成」、人為的に起こすには何らかの矯正装置が必要です(指しゃぶりや口呼吸による歯並びの悪化もある意味人為的な歯の動きです)。そのために「矯正治療は装置に食べ物が引っかかるし歯磨きが大変」と言えます。

 

ある程度の痛みには耐えていただく必要があります。

骨が落ち着くまでは次のステップには移れないのでご来院は約1か月毎になります。そのため主治医の出番は月1回です。

装置なしの治療は困難なので、引っかかった食べ物やプラークを取り除くには歯磨きをはじめとしたセルフケアが必要になります。

 

そのため、やはり私は「矯正治療の主役は患者さんご本人」だと思うのです。

矯正以外の治療は不得手ですが、ある意味、どのような治療もやはり主役は患者さんご本人と言えるかもしれません。

 

もちろん主治医は、患者さんのお話を伺い、正確な資料を採って分析し、自分の知識と経験と技術を基に最善と考える治療方針を提案し、治療開始後は最善の治療を行うように努めます。

しかし、痛みと闘い、違和感を乗り越え、毎日のセルフケアを行うのはあくまで患者さんご本人なのです。

マラソンランナーと伴走するトレーナーのように、患者さんと主治医がともに協力してゴールを目指すのが矯正治療ひいては歯科治療だと思っております。

 

…あれ?そうなると私はインビザライン治療を1人きりで乗り切らなきゃってことかな??あら~?

 

松原歌奈子